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会田出羽屋敷


     

読み・・・あいだでわやしき

所在地・・・埼玉県越谷市御殿町

築城年・・・16世紀中頃

築城者・・・会田幸久

主な城主・・・会田氏

 

会田氏

 会田氏は、信州海野氏の一族である。海野氏の子孫が信州会田郷に居住した時に姓を海野から「会田」へと変え、会田氏は代々小笠原氏に仕えた。
 小笠原氏が武田氏との戦いに敗れると、会田幸久は関東に下って北条氏に属した。
 幸久は越ヶ谷に住み、岩槻城主太田資正と親交があり、幸久の子は資正から「資」の字を与えられて資清と名乗った。
 資清の子は資久で、徳川家康が関東入国すると徳川家の家臣となり、1604年に家康の求めに応じて、敷地の一部を提供して、家康は越ヶ谷御殿を造営した。





<現在の状況>

 越ヶ谷御殿とほぼ同じ位置に会田出羽屋敷はある。


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 「越ヶ谷御殿」家康が鷹狩りに際して使用した御殿。

会田出羽屋敷の所在地→


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