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口粟野防空監視哨跡




   

 

所在地・・・栃木県鹿沼市口粟野

案内板より抜粋

 「口粟野防空監視哨は太平洋戦争開戦の1941年(昭和16年)「防空監視隊令(勅令1136号)」の発令を受けて策定された「栃木県防空計画」により整備・建造された。
 県内には監視隊本部が3か所設置され、43か所の監視哨と4か所の補助監視哨が設けられた。
 口粟野監視哨は、外周直径約4、3m・内周直径2、6mのコンクリート製喇叭(らっぱ)型円筒形で、栃木県内に現存が確認されているのは、口粟野監視哨と烏山監視哨の2基のみである。
 監視哨は、敵機の迎撃準備などに必要な時間から逆算し、大都会からやや離れた地におかれた。
 この監視哨はソ連の東にある軍都ウラジオストクから飛来し、中禅寺湖で南下、東京爆撃へ向かうソ連の軍用機を想定した施設であった。
 現実には東京や宇都宮を爆撃したアメリカの軍用機B29の監視を行っていた。時にグラマン戦闘機の機銃掃射を受けたこともある。
 2012年(平成24年)公益社団法人土木学会は「特異な時代体制下の土木技術の1つの役割を伝える」として、推奨土木遺産に指定された」