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小山評定跡・須賀神社

    

   


所在地・・・栃木県小山市中央町1丁目
 

小山評定

 小山評定跡の石碑は、小山市の市役所にある。石碑には、

 「慶長5年(1600)7月24日、徳川家康は、会津の上杉景勝を討つべく小山に到着しました。
 このとき、石田三成が家康打倒の兵をあげたことを知り、翌25日この地において軍議が開かれました。これが「小山評定」といわれるものです。
 軍議は、3間4方の仮御殿を急造し、家康と秀忠を中心に、本田忠勝、
本多正信、井伊直政や福島正則、山内一豊、黒田長政、浅野幸長、細川忠興、加藤嘉明、蜂須賀至鎮らの諸将が参集しました。福島正則が協力を誓い、これをきっかけに軍議は家康の期待どおりに決まりました。
 同年9月25日、関ヶ原の戦いがおこななわれ、東軍(徳川方)の勝利にむすびついた歴史上重要な所です」

 と書かれている。



須賀神社

 その起源は、藤原秀郷が平将門を討伐する際、スサノオノミコトに戦勝を祈願し、将門を見事討伐した御礼で、スサノオノミコトを祭神とする山城国の祗園社を勧請して、北山(現小山市中久喜)に祀ったという。
 その後、小山政光が
祗園城を築城し、城の守護神として北山から現在の地に移した。
 なお、徳川家康は関ヶ原での戦勝祈願を須賀神社で行った。