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今泉家累代の墓(長泉寺)


   

   



所在地・・・栃木県河内郡上三川町しらさぎ1丁目(長泉寺)


案内板より

 宇都宮5代当主頼綱の二男頼業はまず横田(宇都宮市兵庫塚)に築城して「横田」を名乗り、多功城築城の翌年である建長元年(1249)、上三川に新たに城を築いて移った。
 以後代々上三川城主は横田家で、7代師綱の時に康暦2年(1380)、主家宇都宮氏と小山氏とが合戦した裳原(茂原)の激戦の際、師綱と長男綱業が重傷を負った。そのため、今泉郷に住んでいた綱業の弟、元朝が上三川城主を継ぎ、上三川城主は「今泉」を姓として、慶長2年(1597)14代高光が落城自刃するまで続いた。
 墓塔は宝篋印塔で、室町朝時代の特徴を示している。

※一部変更