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神田城




  

読み・・・かんだじょう

所在地・・・栃木県那須郡那珂川町三輪(旧小川町)

築城年・・・1125年?

築城者・・・須藤貞信

主な城主・・・須藤氏(那須氏)


那須氏の祖

 神田城が築城された年代は、1056年、1105年、1125年の3説があり、よく分からない。
 那須氏の祖となった貞信は、奥州八溝山に住む岩嶽丸という鬼神を討伐の功によって那須の守護となり、神田城を築いたという。
 1159年、平治の乱が起き、3代目の資満は源義朝側についたが、資満は子資清(4代目)とともに京都三条河原で討死する。残された資清の子資房(5代目)と宗資(6代目)は甲斐に逃れたが、やがて平清盛に許されて那須へ戻ることができた。この資房と宗資、どちらかの代で姓を須藤から那須へと変えたようである。
 6代目の宗資は、神田城を離れて稲積城を築いて移り住んだ。
 ちなみに、宗資の子資隆(7代目)は、有名な那須与一の父親であり、与一は神田城で出生したといわれている。


<現在の状況>

 国指定史跡の神田城は、土塁が郭(現在水田)を囲んで残っている。また堀も残っており、遺構の保存状態は良く、見応えが十分にある城である。


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 「稲積城」後の那須氏の居城。

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