トップ栃木県・県央の城鹿沼市>鹿沼城

鹿沼城


朽木氏、内田氏

 1647年、朽木稙綱が鹿沼において5千石加増され、稙綱の所領は2万5千石となり、鹿沼藩を立藩した。1649年に稙綱は常陸土浦へ3万石で移封となった。
 朽木氏に代わって、内田正信が入封する。正信は、相模、下総、常陸で1万石を有しており、下野国の都賀郡と阿蘇郡内に5千石の加増を受けて1万5千石となり、居所を鹿沼に移した。以後、正衆(まさもろ)、正偏(まさゆき)と内田氏の鹿沼在封が続いた。
 1724年、正偏は妻女を傷つけたとして蟄居させられた。長男の正親は1万石に減封され、下総小見川へ移ったために鹿沼藩は廃藩となる。


<現在の状況>

 本丸は野球場となっているものの、その周辺の遺構は度肝を抜かれるほど良好に残っている。特に、深い堀と高い土塁は、なにやら壬生氏の力を思い知らされるかのように感じる。
 なお、雄山寺には、壬生義雄の墓がある。


<あわせて読みたいページ>


 「壬生城」壬生氏の元々の居城。

 「羽生田城」鹿沼城と壬生城の中間にある城。

 「千手山」千手山公園にある鹿沼城の防御施設。

 「能忍地陣屋」旧田沼町にあった鹿沼藩の出張陣屋。


鹿沼市の城一覧

鹿沼城の地図→