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木原城


   

   

   

読み・・・きはらじょう

所在地・・・茨城県稲敷郡美浦村木原

築城年・・・不明

築城者・・・不明

主な城主・・・近藤氏


近藤氏の入部

 木原のあった信太荘は小田氏の所領であったが、小田氏が「小山義政の乱」の際に小山氏に味方したことで信太荘は没収された。代わって信太荘を領したのは山内上杉氏で、山内上杉氏の家臣である土岐原氏が信太荘を支配することになり、木原には近藤氏が入った。
 近藤氏が山内上杉氏の家臣なのか、それとも土岐原氏の家臣であったのかは不明であるが、木原に入った近藤氏は土岐原氏の支配下に入る。
なお、土岐原氏は後に土岐氏と改めている。

土岐氏の北の守り

 土岐氏(土岐原氏)は、次第に国人領主として成長していく。
 土岐氏は1562年に木原城の修築を行い、近藤義勝に木原城を守らせた。土岐氏は江戸崎城を居城とし、竜ヶ崎城を南の守り、木原城を北の守りとして、土岐氏の兵力は1500騎であった。
 1590年に豊臣秀吉が小田原攻めを行うと、土岐氏は北条氏に属していたことから、豊臣軍の攻撃を受けて土岐原氏は滅亡。土岐氏に代わって江戸崎城に入ったのは佐竹義宣の弟芦名盛重であり、木原も芦名氏の所領となる。


<現在の状況>

 木原小学校の西側に本丸、二の丸、三の丸がある。さらに小学校から南にある英厳寺には近藤氏の墓石があり、ここが寺郭。
 城域が広大であり、随所に見所がある城。

木原城の地図→