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駒城


   

   

読み・・・こまじょう

所在地・・・茨城県下妻市黒駒

別称・・・駒館、駒楯館

築城年・・・南北朝時代

築城者・・・藤原実寛

主な城主・・・藤原実寛


攻防戦

 駒城は南北朝の動乱の頃に築かれた。
 1339年、足利尊氏が派遣した高師冬は駒城を攻撃し、10月から11月にかけて駒城で攻防戦が繰り広げられた。藤原実寛はよく守り、高師冬は駒城を落とせなかった。
 1340年1月、小田城から春日中将顕国、関城から城主関宗祐が駒城を守るために応援にかけつけた。
 1340年5月、高師冬軍の夜襲により駒城は落ちたが、すぐに藤原軍は城を奪い返して、高師冬は撤退した。その後、高師冬は瓜連城に拠って軍事補強を図り、1341年には小田城を落とした。駒城は、小田城が落ちる前に落ちたのだろうか。
 高師冬は小田城を落とした後、関城大宝城へと攻撃を開始する。


<現在の状況>

 駒城は県指定史跡である。石碑と案内板が建ち、その後ろに土塁が延びている姿は印象的である。


<あわせて読みたいページ>


 「関城」駒城と同じく、南北朝時代の攻防戦があった城。

 「江村館」駒城から北東にあった館。

駒城の所在地→