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小峰城


    

 

読み・・・こみねじょう

所在地・・・福島県白河市郭内

築城年・・・1340〜1345年、1629年

築城者・・・結城親朝、丹羽長重

主な城主・・・結城氏、小峰氏、丹羽氏

 

小峰氏断絶

 結城親朝は、白川結城氏を継いだ子(長男)顕家を後見していたが、後見を退くと小峰城を築いて小峰氏を興した。小峰氏を継いだのは子(次男)朝常である。南北朝の動乱が、結城顕家と小峰朝常の兄弟を対立させた。
 しかし、7代目の朝修の時、小峰氏は断絶する。

小峰義親

 小峰氏は小峰義親の登場によって再興する。義親は、小峰朝修の祖父である直親の娘と結城政朝(白川結城氏8代目)の孫である。義親は、惣領である結城義顕を天正年間(1573〜1592年)の初めに追って、自分が惣領となった。ところが、佐竹義重に圧迫され、義重の子義広を養子にし家督を譲る。その後、伊達政宗が南下してくると政宗に従うのである。
 1590年、秀吉の小田原攻めに参加しなかったことを理由に、領地を没収された。

蒲生、上杉氏時代

 秀吉によって没収されたこの地は、会津に入った蒲生氏郷に与えられた。氏郷は小峰城に関一政を置き、一政が伊勢亀山に移封すると町野吉高が小峰城に入った。
 1598年、蒲生氏郷の子秀行が
宇都宮に移ると、上杉景勝が会津に入り、小峰城は上杉景勝の支配下に置かれた。景勝は、 五百川縫殿介を小峰城に入れた。関ヶ原の戦いの時には、小峰城を修築している。
 関ヶ原の戦い後、小峰城は会津に入った蒲生秀行の支配下となる。町野氏吉が小峰城に入り、氏吉は小峰城下に新しい町割を行った。

 

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