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小幡城


   

   

   

   

   

読み・・・おばたじょう

所在地・・・茨城県東茨城郡茨城町小幡

築城年・・・不明

築城者・・・不明

主な城主・・・小幡氏、平戸氏


江戸氏の重要拠点

 南進を図る水戸城の江戸通泰は、1532年に小幡義清を殺害して小幡城を支配下に入れた。
 小幡城へと進出した江戸氏の勢力は、小田氏、大掾氏、宍戸氏と接した。江戸忠通はその境目を厳重にするため、家臣の平戸氏を小幡城代に命じるとともに、平戸氏や高須氏らの在地領主から守備兵を当番制で徴収し、小田、片野、柿岡などの情勢を警戒させている。
 1585年に江戸重通が大掾清幹を攻めた際には、小幡城の守備が強化され、また小幡城の南に片倉砦を築かれた。「府中合戦」と呼ばれる江戸氏と大掾氏の争いは、途中休戦が約1年あったが、1588年まで続いた。
 1590年、豊臣秀吉による小田原北条氏攻めに際し、江戸氏は参陣しなかった。そのため、参陣した佐竹氏が江戸氏領を含む常陸の支配権を秀吉から認めらると、佐竹氏は新たな領国経営の拠点を水戸にするべく水戸城を攻撃して攻略。小幡城も落城した。


<現在の状況>

 奇跡に近いほどの抜群に状態の良い遺構が残る。深すぎる堀が本丸を囲み、その中を歩きながら小幡城を散策する。
 途中、どこを歩いているのか分からなくなるが、本丸を周りを歩いていることに気が付くと、まさに迷路であると感じた。

小幡城の所在地→