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小山御殿

   

   

読み・・・おやまごてん

所在地・・・栃木県小山市中央町1丁目

築城年・・・江戸時代

築城者・・・徳川氏

主な城主・・・徳川氏


徳川将軍家の御殿

 小山御殿は、徳川将軍家の日光社参の際の休憩所、宿泊所として設けられた。1600年の関ヶ原の戦い前に行われた、小山評定の吉例にならったものといわれている。
 1616年、徳川家康が亡くなり、翌年日光東照宮に遺骸が改葬されて一周忌が営まれた。それ以来、日光は徳川将軍家にとっての聖地となり、将軍家の日光社参は19回にも及んだ。中でも三代将軍家光は10回も日光社参を行っている。
 小山御殿は、かなり厳重な配置になっていたようで、周囲に堀をめぐらせて、土塁が二重に築かれていた。そして敷地内には、16ヶ所に御番所が設けられていた。
 将軍家の日光社参は、四代将軍家綱が1633年に行って以降、八代将軍吉宗が1728年に再開するまで、財政難のために中断していた。その間、小山御殿は台風で建物の一部が壊れてしまったこともあり、1682年に古河藩によって解体された。


<現在の状況>

 小山御殿は、小山市役所のすぐ北にあり、現在は「小山御殿広場」となっている。
 小山御殿だけを見ると平地の感じがするが、思川から小山御殿の方を見ると高い位置にあり、その高低差が分かる。


<あわせて読みたいページ>


 「祗園城」思川沿いにある小山氏の居城。

 「御陣所」小山評定の際、徳川家康の陣があったと伝わる場所。

 「小山評定」関ヶ原の戦い前に行われた小山評定。

小山御殿の所在地→