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畳塚(精忠神社)




   


所在地・・・栃木県下都賀郡壬生町本丸1丁目



畳塚

 鳥居元忠は、1600年の関ヶ原の戦いに先立ち、徳川家康の命により伏見城を守った。石田三成方の大軍を引き受けてよく戦ったが、約1ヶ月の攻防戦の末、元忠は伏見城にて自刃した。
 この元忠の忠義を称賛した家康は、自刃の際に血に染まった畳を、江戸城の伏見櫓の階上に置き、登城する大名に元忠の忠義を偲ばせたと言われている。
 その後、明治になって江戸城が明け渡されると、ゆかりの深い現在の地に納められ、「畳塚」と称えてその上に記念碑が建立された。


鳥居元忠を祀る精忠神社

 1712年、壬生藩主加藤氏が近江水口へ転封となり、代わって同じく近江水口から鳥居氏が壬生に入り壬生藩主となった。
 鳥居忠英は壬生城東北隅に、鳥居氏の祖鳥居彦右衛門元忠を祀り、1799年には神祇管領吉田家から「精忠霊神」の神号を受けた。
 1849年に現在の地に遷し、社殿を改めた。


 鳥居元忠は徳川家康の命を受け、関ヶ原戦いの前哨戦「伏見城の戦い」、伏見城を死守して自刃した。