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仙台城


   

   

 

読み・・・せんだいじょう

所在地・・・宮城県仙台市青葉区川内

別称・・・千代城、青葉城

築城年・・・不明、1602年

築城者・・・国分氏、伊達政宗

主な城主・・・国分氏、伊達氏

 

国分氏

 仙台城は、伊達政宗によって築かれたが、それ以前には国分氏時代の千代城があった。よって、ここでは国分氏の千代城についてを書き、次ページで伊達氏の仙台城について書くことにする。

 国分氏は、千葉常胤の五男、胤通を祖とする。
 1189年の奥州合戦後、東国武士が奥州に入ってくることになったが、国分氏もその1つであった。この後、この地方においては国分氏と留守氏の勢力が台頭し、両者は長年にわたって抗争を繰り返したのである。
 しかし次第に伊達氏の勢力が拡大し、この地方へ進出し始めてきた。そして伊達持宗(11代)の子郡宗が留守氏に入り、その後も留守氏は伊達氏から当主を迎えたため、留守氏は伊達氏に属することになった。一方、国分氏も伊達晴宗(15代)の子盛重が国分氏に入り、国分氏も伊達氏の下に属した。
 なお、国分氏がいつ千代城を築いたのかは明らかではない。

岩出山城へ

 伊達氏は政宗(17代)の代になってから、急速に勢力を拡大したが、1590年に豊臣秀吉が小田原攻めを行うと、遅れながらも秀吉に従った。
 秀吉の奥州仕置の後、葛西・大崎一揆が勃発し、政宗はこれを蒲生氏郷と共に平定すると、旧葛西・大崎領は政宗に与えられた。そして1591年、居城をそれまでの居城であった米沢城から岩出山城に変えた。

江戸時代へ

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