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早乙女坂古戦場の跡



  

 

所在地・・・栃木県さくら市早乙女 


合戦の時期

 合戦の時期は2説に分かれている。
 1つは1546年5月13日説。そしてもう1つは1549年9月27日説。
 多数の史料では、1549年9月27日に早乙女坂の戦いが起こったとされており、ここでは1549年9月27日説を採ることにしたい。

 

合戦の原因

 合戦の原因も様々である。
 宇都宮氏の領土拡大、古河公方足利晴氏の命によって宇都宮氏が那須氏を攻撃、宇都宮尚綱に殺害された芳賀高経の子高照と那須氏が結びついての那須氏の挙兵等々。
 早乙女坂のある場所は、宇都宮氏と那須氏との境目にあたっているため、この地では両者の攻防戦が幾度か起こっているようである。その中でも有名なのが、1549年9月27日に起こった戦いなのである。

 

合戦の様子

 宇都宮軍の兵力は2千余騎、これに対し那須軍の兵力は3百余騎であり、両軍とも、領内各地から総動員しての出陣だった。
 合戦は宇都宮軍の優勢であったが、那須一族伊王野氏の家臣、鮎ヶ瀬弥五郎実光の弓矢によって宇都宮尚綱は戦死。尚綱の戦死によって形勢は逆転し、宇都宮一族の上三川城の横田兄弟5人も戦死した。