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鉄塔婆(清巖寺)


   

   

 

所在地・・・栃木県宇都宮市大通り5丁目

鉄塔婆

 「この鉄塔婆(てつとうば)は、鎌倉時代の正和元年(1312)の8月に、宇都宮8代城主貞綱が亡き母の13回忌の供養のために建立したといわれる。
 塔婆の上部には阿弥陀を表わす梵字と阿弥陀三尊の浮彫があり、下部には90字の願文がある。
 我が国最古であり、かつ唯一の鋳鉄製の大塔婆であることから、当時の宇都宮氏の政治、経済的な力ばかりでなく、文化的・宗教的な水準の高さを示している貴重な資料である」

宇都宮頼綱と芳賀高照・高継の墓所

 「鎌倉幕府の幕臣だった宇都宮頼綱が28歳の時、政争に巻き込まれるのを避けて出家、法然上人の門に入り、法号を実信房蓮生(れんしょう)と名乗った。
 蓮生は和歌にすぐれ、京都二尊院近くの小倉山麓に山荘を構えて、当代一流の文化人といわれた藤原定家と婚姻関係を結んだ。これが縁で、嘉禎元年(1235)蓮生は山荘の障子に貼る色紙の執筆を定家に依頼、定家は色紙1枚1枚に、天智天皇以来の秀作を1首ずつ書いた。これが「小倉百人一首」の原型となった。
 建保3年(1215)蓮生は、後の清巖寺となる念仏堂を宿郷村に草創した。ここにある蓮生法師の墓碑の両脇に並んでいるのは、芳賀高照と高継の墓」


※案内板を一部訂正