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鷲城


   

   

   

   

 

読み・・・わしじょう

所在地・・・栃木県小山市外城

築城年・・・不明

築城者・・・小山政光

主な城主・・・小山氏

 

小山義政の乱

 「小山義政の乱」とは、1380〜1383年の間に3度起こった、鎌倉公方足利氏満と小山義政の戦いのことである。
 小山氏11代目の義政は、1380年5月に宇都宮基綱と雀宮の茂原で戦った。この戦いは、小山氏と宇都宮氏、両者の勢力を結集させた戦いであり、凄まじい戦いだったといわれている。この戦いで義政は基綱を討ち取り宇都宮勢を破り、このことが鎌倉公方足利氏満の反感を買うこととなった。そして足利氏満は関東8国に触れを出し、大軍を率いて小山義政討伐を行い、義政は降伏した。
 一度は降伏した義政であったが、祗園城をはじめ、各支城の大改修に着手して戦闘の準備を整えたため、足利氏満は翌年の1381年に再び触れを出した。その範囲は、関東8国をはじめ、伊豆、相模、奥州までのび、前回よりも多い大軍を率いて小山義政討伐を行う。半年の篭城の末、義政は降伏。
 2度にわたる足利氏満との戦いにより、小山氏が受けた損失は計り知れない。そこで義政は足利氏満と最後の合戦をするため、祗園城に火を放ち、一族を率いて粕尾城に立てこもった。義政は3度目の戦いでも敗れ、自害して果てた。
 なお、小山義政の乱に関して、「名門、小山氏滅ぶ」も参照されたい。


<現在の状況>

 城内には各所に案内板があり、とても見やすくなっている。鷲城の南側の土塁は、見上げるほど高くて迫力がある。素晴らしき城である。


<あわせて読みたいページ>


 「祗園城」小山氏歴代の居城。

 「長福城」祇園城と鷲城の中間に位置する城。

 「名門、小山氏滅ぶ」小山義政の乱についての記述。


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