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山本有三の墓(近龍寺)


   



所在地・・・栃木県栃木市万町




案内板より

 山本有三先生は明治20年(1887)7月、旧栃木町(現栃木市)の呉服商の長男・勇造(有三はペンネーム)として生まれ、少年時代に芝居好きの母とよく芝居見たことが劇作家へのきっかけとなり、後に小説家となった。
 作品は戯曲、小説を合わせて約40篇、代表作は『路傍の石』『生命の冠』『波』『女の一生』『真実一路』『心に太陽を持て』があり、特に『路傍の石』の一節、
 「たったひとりしかない自分を、たった一度しかない一生を、ほんとうに生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか」
 は、今も多くの人に感銘を与えている。さらには戯曲『米百俵』は優れた教訓として知られ、平成13年(2001)小泉首相が国会演説で引用し流行語ともなった。
 また戦後は国会議員をつとめ、国語教育の充実等に尽力された。昭和35年(1960)栃木市名誉市民となり、昭和40年(1965)には文化勲章受賞、昭和49年(1974)1月11日、満86歳にて没し、ふるさと栃木の近龍寺に埋葬された。その命日は一が3つ並ぶことから「一一一忌(いちいちいっき)」と称され、毎年墓前で遺徳顕彰の法要が営まれる。

※一部変更