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茶臼山城


読み・・・ちゃうすやまじょう

所在地・・・栃木県鹿沼市磯町(旧鹿沼市)

別称・・・磯城

築城年・・・不明

築城者・・・不明

主な城主・・・山形刑部


磯の山形刑部

 『宇都宮記』に「儀(磯)城主山形刑部」とあり、この磯城が茶臼山城のことである。
 山形刑部は江戸時代、山形刑部館へと移り住む。

宇都宮国綱の皆川攻め

 茶臼山城に関しては、『皆川戦記』第18回にもその名が出てくる。
 それによると、宇都宮国綱が皆川広照と清瀬川(小倉川)で戦った際、国綱はまず山形刑部の磯の城(茶臼山城)に入って軍を整えた。
 宇都宮軍は山形刑部を先陣として進み、清瀬川で皆川軍と対峙した。清瀬川で小競り合いが行われると、宇都宮軍の中から石川城主石川内膳正が進み出て、皆川軍に一騎打ちの勝負を挑む。すると皆川軍の中から上田新右衛門定實が名乗りを上げて現れるも敗れ、上田氏が敗れた姿を見た皆川軍は大いに怒り、皆川軍の中から小倉主膳之介公寛が現れて勝負を挑んだ。
 この小倉主膳は強い。宇都宮軍は小倉主膳を倒そうとするも、小倉主膳は暴れまわって戦い、清瀬川の水が赤く染まるほどであった。このことから清瀬川を「小倉川」と言うようになったという。


<現在の状況>

 茶臼山城がある山は、想像以上に行きづらい場所にある。


<あわせて読みたいページ>


 「山形刑部館」山形刑部が移り住んだ館。

 「磯前田館」茶臼山城と同じく、磯地区にある館。

茶臼山城の所在地→