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真名子城


   

     

   

   

 

読み・・・まなごじょう

所在地・・・栃木県栃木市西方町真名子
(旧西方町)

別称・・・赤瓶山

築城年・・・永正年間(1504〜20)

築城者・・・宇都宮元綱

主な城主・・・宇都宮氏、岡本氏

 

宇都宮元綱

 真名子城は、永正年間(1504〜20)に宇都宮元綱によって築かれたという。
 元綱は、宇都宮忠綱の連枝(兄弟)であるとされ、真名子城を築いた後、越後国の頸城郡の別府に城を築いて越後にわたったという。そして元綱が越後にわたった際、岡本秀卓を探題(城主?)に据えたというのだが、詳細なことは分かっていない。

岡本氏について

 宇都宮元綱についてよく分かっていないが、元綱の後に城主となった岡本氏についてもよく分かっていない。

 真名子城は、皆川氏に対抗するために築かれたと考えられるが、やがて皆川氏に属したと言われる。その時期が1515年とされ、「河原田合戦」により、宇都宮氏と皆川氏が戦って、宇都宮氏が敗れたためという。しかしながら、「河原田合戦」は1523年のことであり、宇都宮氏の勝利であることから、年代も勝敗の結果も合わない。
 時代が進み、1588年に宇都宮氏と皆川氏が戦った際、宇都宮氏が真名子城を攻め落とし、すぐに皆川氏が取り返したという。
 また、越後へ行った宇都宮元綱の一族が真名子に帰って来て、時の城主岡本秀勝(秀卓の子)は城を明け渡した。秀勝には子がおらず、皆川広照の子で七左衛門を養子とし、岡本氏は皆川氏と行動を共にするようになったとされる。





<現在の状況>

 真名子城は、遺構の状態が素晴らしいだけではなく、案内板が随所に建ち、その点も素晴らしい。それは、真名子城の山を登りながら現在地が分かり、どの部分の遺構かが分かるような作りであり、城跡がイメージしやすい。


<あわせて読みたいページ>

 「宇都宮城」宇都宮氏の居城。

 「皆川城」皆川氏の居城。

真名子城の所在地→