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森田城



読み・・・もりたじょう
所在地・・・栃木県那須烏山市森田(旧南那須町)
築城年・・・1187年
築城者・・・那須光隆
主な城主・・・森田氏
2代で廃城
森田城を築いた那須光隆は森田氏を名乗った。光隆は子に恵まれず、弟泰隆の子を養子にして後を継がせた。ところがその養子にも子ができず、森田氏は絶えてしまい、城も一時廃城となった。
再び興る
その後、烏山城の城主那須高資の弟資胤が森田の地を領して森田城主となった。1551年、大田原氏と千本氏等の陰謀(資胤を那須家の当主にすること)によって高資は殺され、これによって資胤が烏山城に入り、那須家の当主になる。
資胤の後は資邦。資邦は福原氏に養子に出されるも、佐久山城(福原氏の居城)から帰って森田城へと入った。
資邦の後を継いだのは子の資信で、1590年に烏山城の那須資晴が秀吉の怒りを買って領地を没収された際、資信も森田城を失って廃城になる。
<現在の状況>
芳朝寺「大田原氏累代の墓碑」へ通ずる道が、森田城へ通じる道へとなっている。
<あわせて読みたいページ>
「烏山城」那須氏の居城。
「変わらない風景」ブログ「九鬼の響き」森田城の記事。
森田城の所在地→
